2005年10月02日

BAP学「平和と主張と命」

インドネシア、バリ島でテロがありました。
自爆テロだそうです。最近ニュースで自爆テロという言葉をよく聞きます。

自分の為?家族の為?仲間の為?国の為?世界の為?
どのような目的と考えでテロに及んだのか俺には分かりませんが、自爆テロそのものに対しては反対です。命を簡単に投げ出すな!!という意味で反対してるわけではありません。俺は別に誰が自殺しようが自爆しようがそんなことは知りません。本人が自分で自分の命を投げ出す決意をしたわけだから第三者にはどうしようもありません。ただ自爆テロ・・・というよりテロは許せません。なぜなら関係のない命まで奪うことになるからです。自らの理想を掲げ、それを実現させたいのであれば、他人にその思想を強要しないことと迷惑をかけないことが最低限のルールだと思います。協力しない奴は敵だ!!!とか言うくらいなら最初から何もしなければいいんだ。魅力があれば何もしなくても人はついてくる。まぁ、そもそも国の為!!だとか言って安易にテロに走る無能な組織に国を統べる力なんて無いと思いますが・・・。

今、俺が一番気になるのは言葉です。正義、悪、思想、テロ、平和、戦争と様々な言葉が使われています。
「テロは悪であり平和維持の為の戦争は正義」が現代の日本の一般論である。
メディアはテロ組織を凶悪犯と言い、アメリカ軍を平和維持軍や治安部隊というニュアンスで報道を行う。はたしてそれが正しいのか?
おそらくテロを行っている組織から言わすとアメリカ軍はテロ軍団であろう。わざわざ遠いところから軍隊を引き連れ、自分たちの庭でドンパチをはじめる。そして新政府を指導と言う名で勝手に作る。侵略者と何も変わらないのでは?
日本では一般的にアメリカ=正義という考えが植えつけられている気がする。俺も純粋な日本人で海外に行ったこともないから、どうしても無意識のうちにアメリカ=正義を前提に考えいると思う。何がほんとに正しいのか、もしくな何も正しくないのか、正しいものなんてないのか、といった判断は俺には到底できない。そもそも正しい正しくないと言ってる時点で間違いなのかもしれない・・・。
立場が違えば思想も価値観もちがう。そこに欲が加わればグチャグチャになるのは仕方の無いことなのかもしれません・・・
難しいです。
posted by BAP at 23:38| 大阪 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | BAP学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月19日

BAP学「時間」

今回の記事は面白くないです。BAP学と称して俺がめったに使わない脳みそで考え、思ったことをちょくちょく記事にしていこうと思います。あくまでイチ個人の考えなので賛同、反論、批判あると思いますが、それで討論ができれば幸いです。
ほんとに退屈な記事になると思うので不眠症の人は睡眠薬がわりにどうぞ・・・
では、本文です・・・。


2日前、琵琶湖にBBQへ行ってきました。その時、そろそろ就職活動が始まるな・・・とういう会話がありました。俺は中学ぐらいから警察官を志望し、合気道も警察官になるために入部を決意したのがそもそもの始まりです。しかし、部活の先輩や他の人の意見を聞くと「このまま警察官を目指して、将来自分は満足した人生をおくれるのか?」と疑問に感じます。

1日は8万6400秒で
1年は3153万6000秒(365日)。
そして80年で25億2288万0000秒(うるう年計算なし)

例えば、単純に80才まで生きると考えたら人生には25億2288万0000秒の時間が与えられているわけです。そして生涯で平均6時間/日の睡眠時間を取ったとすると活動できる時間は18億9216万0000秒です。
子供の時は親に100まで数えたらお風呂から出ていいよ。などと言われていましたが、将来子供ができたら

18億9216万0000まで数えたらお風呂から出ていいよ。

と大きな声で言ってあげてください。あなたの子供は一生風呂ですごします。
俺は今21歳と104日です。つまり活動時間の5億0343万1200秒はすでに使っていることになり、残りは13億8872万8800秒。そして、こうしている間にもこの時間は1秒ずつ確実に減っているのです。秒で見ると膨大な数字にみえます。ゆっくりカウントして約13億なわけですから・・・しかし考えてみてください。1日で6万秒消費します。たった1日で6万秒です。13億円もっていても1日6万円も使ってたらすぐなくなる気がします。なら、この6万円は有意義に使うしかない。
だが、学校へ行くと授業は寝る。家に帰って暇だとぼ〜っと何もしない。これではダメです。・・・が、ダメと分かっていてもどうにもならないのも、また現実。
若い時の1秒は老後の1時間より大切だと思う。今できることをやりたい。でも、今やるべきことが分からない。勉強より大切な何かがあるんじゃないか?そうは思ってみても、それは勉強から逃げる自分への言い訳なのかもしれない。
死ぬ間際に「いい人生だった」と思うため今何をしたらいいのか?
自分のやりたい職業につくのが幸せでしょうか?
勉強していい成績を修めて一流企業を目指し、就職することが幸せでしょうか?
高収入な職種のほうが幸せになれるのか?
むずかしいです。人生は何度でもやり直しができる。という人がいますがそれは違うと思います。希望を与える言葉としてはいいと思いますが、40歳代の人が人生やり直して20歳代の人と同じように行動できますか?人それぞれだと思いますが、やはり若い時期に一生の仕事を見つけておくに越したことはないと思います。俺には何が向いているだろう?ほんとに自分にあった職業はなんだろう?もう一度じっくり考えてみたいと思いました。
posted by BAP at 03:43| 大阪 | Comment(6) | TrackBack(0) | BAP学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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